生きる力の真髄

湯川秀樹氏の著書「旅人」から引用。

「私の中には、人類に対する、社会に対する、あるいはその社会の構成分子であるところの家族や、知人や、若い研究者たちに対する、責任感がある。この責任感は、人間の空しさとか、社会が必然的に持っている矛盾に対する嫌悪とは、一応別個に存在するらしい。それはGIVE AND TAKEでなしに、たとえ受け取るものはなくとも、与えなければならないという義務感のようなものである。無償の行為というものは、ある意味では老荘の”無”の意識にも通じるのかもしれない。

 科学に対する信頼によっても、しかし私の厭世観は取り除けなかったばかりか、むしろ反対に、科学的な自然観の中に、厭世観を裏づける、新しい要素さえ見出すことになた。けれども、そんな心理的な状況下でも私を支えて来たものは、自分の創造的活動の継続の可能性であった。もし、その源泉が枯渇したらどうなるか。私の手の内は、もう切り札を持たないカードの群である。そうであればこそ、私は理論物理学にくらいついている。それは人間的な矛盾や苦悩を越えた調和と単純を求める、潜在意識の仕業なのかもしれない。」

 報われるかわからない。自己犠牲を払っても見返りはない。たとえ受け取るものはなくとも与えねばならない。そんな状況でも責任と義務感によって突き進む力。それは目に見えない成長である。富・名声・快楽・社会的地位・承認されるなどの報酬があるなかであれば誰でも頑張れる。しかし、それらがない、むしろ心理的・肉体的に追い詰められた状況でも、情熱をもってやり抜く力というものがきっと存在する。それが本当の意味での「生きる力」ではないだろうか。もう無理と思ったときにその力は湧き出てくる。科学的自然観を超えた無償の行為!老荘の意識に通じる真の意味で生きる力。突き進む責任感と義務感!厭世観を超えた調和と単純。